どのような職種や業界でも、「データに基づく判断」の重要性が増してきています。例えば人事業界においては、「データに基づく採用」が大流行。自社の活躍している人材の傾向を分析し、データに基づいて採用候補者たちを機械的にふるいにかけるなんてことは、少しずつですが一般的になりつつあります。
マーケティングも例外ではありません。しかし、どの職種や業界でもそうであるように、「データに基づく判断」というのは容易ではありません。どこにデータがあるのかがわからない、どのデータを使えばいいのかわからない、データはあるがどのように使えばいいのかわからない…。問題は山積みです。
世の中のデータや集計結果のほとんどは、だいたいが一目眺められて「ふーん、そんなもんね」と言われる存在なのではないかと思っています。
このような状況を変革し、データに基づき適切なマーケティング戦略が取れるようにしたいという方に向けて、「データ・ドリブン・マーケティング」という一冊をご紹介します。
データ・ドリブン・マーケティングとは
データ・ドリブン・マーケティングは、マーケティングの成果を向上させ、また、費用の正当性を示したいというあらゆるマーケティング担当者に向けて書かれたものであると著者はいいます。
しかし、データに基づく意思決定には以下のような障壁があります。
障壁 | 例 |
何から手をつければ良いのかわからない | どのデータをどう扱えば良いかわからない |
因果関係が不明 | 売上が上がっても、それがどの施策の影響なのかが分からない |
データ不足 | 顧客データを把握していない |
経営資源やツールが不足 | 時間・費用ともに不足している |
組織や人の問題 | 説明責任を求められたくない |
こういった障壁をいかに乗り越えるべきかを提示し、その上でマーケティング担当者のために、15の指標を使って、どのようにマーケティングの成果を測れば良いのかを指南してくれます。
その15の指標は、以下の通りです。なお、指標そのものについては引用を行なっておりますが、それに付随する解説は私見を含むものであるため、実際に何が書かれているかについては、原典にあたっていただくようお願いいたします。
1. ブランド認知率
ブランド認知率とは、調査対象者にヒントを提示しないで知っている広告・ブランドを思い出してもらい(第一想起)、そして自社のブランドが認知されているかどうかを測る指標です。例えば「炭酸飲料と言えば?」と聞くと、大体の人がコカコーラをあげるのではないでしょうか。そういったブランド認知率を上げていくことで、比較検討時にまずは自社の製品が検討されるようになります。
本格的な調査を行うには、大規模なアンケート調査などを行う必要がありますが、そのようなことをやっている余裕がない企業がほとんどでしょう。その問題を解決するために、インターネットを活用しましょう。
自社製品のカテゴリをグーグル検索したときに、あなたの商品は検索候補の中で競合よりも上位に位置しているでしょうか。あるいはランキングサイトにおいて上位に位置しているでしょうか。そういったランキングを地道に上げることもブランド認知を高めるためには重要ですし、何より定量的に測定が可能なため、非常に有益な指標のひとつです。
2. 試乗(お試し)
購入前の顧客による商品のお試しをいいます。自動車を試乗した人は、その車を購入する可能性が飛躍的に増加するというデータがあるそうです。したがって、試乗数が増えれば将来的にその車が売れる台数も増えることになります。そのため、試乗数やお試し数を定量的に測定し、それを高めるための施策を考えるというのは、データ・ドリブン・マーケティングのあり方として非常にシンプルですが合理性があります。
商材によっては、お試しが困難な製品・サービスもあるかもしれません。その際は、「説明会参加人数」「デモンストレーション実施回数」などを測定するのも効果的なのではないかと思います。
3. 解約(離反)率
既存顧客の中で、商品やサービスの購買を中止する人の割合を指します。新たな顧客を見つけ、自社製品を買わせることは非常に労力がかかります。だからこそ、解約・離反率を低く抑えることは利益に大きく貢献するのです。
解約・離反率の測定はサブスクリプションや定額課金のサービスであれば測定が簡単そうですが、それ以外の業種・業態にとっては測定が難しそうです。例えば、洗濯機メーカーであれば、どのように解約・離反率を測定すればいいのでしょうか。そもそも洗濯機メーカーは家電量販店を通じて自社の洗濯機を売るため、顧客データというものをあまり持っていません。さらに、別のメーカーの洗濯機に乗り換えたからといって、それをメーカー側が知るというのは非常に困難なことです。
そういったメーカーにとっては、家電量販店などの販売代理店に対する解約率を見ることが重要になってきます。すなわち、自社の製品の販売を中止する割合がどれほどかを見ることによって、解約・離反率を簡易的にですが測定することができます。
4. 顧客満足度
顧客満足度はその名の通り、顧客の商品に対する満足度を指します。Customer Satisfactionを略してCSATと記載することもあるようです。本書では、顧客満足度を「友人や同僚に、この商品を勧めたいと思いますか?」という質問を通じて測定されるとしています。
いわゆるネット・プロモーター・スコア(NPS)という手法になりますが、「満足していますか」ではなく「勧めたいと思いますか」と質問することが肝であり、10点満点で6点以下をつけた人を「批判者」、9点か10点をつけた人を「推奨者」として、推奨者の割合から批判者の割合を差し引くことで計算されます。
顧客満足度は、将来の売上高の指標です。顧客満足度が高いお客様は、リピーターになってくれる可能性が高い上に、良い評判をよんでくれるという副次的効果も期待することができるのです。
5. オファー応諾率
オファー応諾率とは、マーケティング上のオファーに応じる顧客の比率です。オファーとは、例えばダイレクトメールなどのオファーの送付数に対して、それに応諾した数を指します。インターネットによるWebマーケティングが普及した今日においては、クリック率やコンバージョン率といったより細かな指標を計測できるようになっています。
かつては送ったオファーに対する応諾率という形式でしか計測できなかったものが、例えばメール送付によるオファーであればどれくらいの割合の顧客がそのオファーに反応し、どのようなweb上の行動経路を取ったのちに応諾に至ったのか(あるいは至らなかったのか)がわかるようになったのは、マーケターにとって朗報であると言えるでしょう。
6. 利益
利益は売上高から費用を差し引くことで計算されますが、非常にシンプルな指標なため、たいそうな説明は不要かもしれません。しかし、「利益を重視すべきか売上高を重視すべきか」という議論は尽きることのない議論です。すなわち、目先の利益を重視すべきか、あるいは市場シェアを拡大させるために値引きを行い、利益を犠牲にしてでも売上高を伸ばすべきなのか。適切な戦略を一概に断言することはできません。
7. 正味現在価値(NPV)
正味現在価値(NPV:Net Present Value)は、現在価値(PV)から費用を差し引くことで計算されます。
では、現在価値とは何なのか。ファイナンスの世界では、「今の100万円」と「翌年の100万円」とでは、価値が違うとされています。なぜなら、「今の100万円」を年利5%で運用すれば、翌年には105万円になっているからです。逆に、この条件下においては、「今の100万円」と「翌年の105万円」は価値が同じということになります。このように、お金は同じ額でもなるべく早く受け取った方が良く、また、同様の理由で支払いは遅らせることが良いとされています。「翌年の105万円」を将来価値、「今の100万円」を現在価値と言います。
「翌年の100万円」を現在価値に戻すと約95.24万円という計算になります(100÷1.05)。そして、「翌々年の100万円」は約90.70万円になります(100÷1.05² )
これがどうマーケティングと関係あるのでしょうか。マーケティングによって得られる将来の売上から、マーケティングにかかる将来の費用を差し引いた将来の利益の計算を行い、それを現在価値に戻すことで、正確な利益を算出することができるのです。
では、ファイナンスの世界でいう「年利」(割引率)はどのように計算すべきなのでしょうか。それは、投資家が類似企業に投資する際に期待する収益率であると著者はいいます。まとめると、以下のようになります。
8. 内部収益率(IRR)
内部収益率(IRR:Internal Rate of Return)は、キャンペーンや施策を実施する場合の投資利回りを言います。本指標については正味現在価値と同じく、投資判断に利用するための指標となっています。とあるマーケティング施策を実行することによって、どれだけの収益を得ることができるのかを表現することができます。
9. 投資回収期間
投資回収期間は、投じた累計支出と同額の累計利益を稼ぐまでにかかる期間を指します。マーケティング施策を実行するためにかけた費用と同額のお金が帰ってくるまでに、どれほどの期間を要するのかを表します。
10. 顧客生涯価値(CLTV)
著者曰く、顧客生涯価値こそがマーケティングの中でも最も重要な指標だといいます。顧客生涯価値は、顧客の獲得費用を差し引いた結果上で、顧客からもたらされる利益・顧客に対するマーケティング費用・対応費用・取引の継続率などを考慮にいれ、現在価値を算出したものです。やや複雑な計算式になっているので、詳細については原典にあたっていただきたいと思います。
マーケティングを行う上で重要なのが、「顧客ライフサイクル・マネジメント」の考え方です。顧客ライフサイクル・マネジメントとは、
- 新規獲得
- 育成
- 維持
の各段階にわたってマーケティングを実行していくという考え方です。それぞれの段階に最適化されたマーケティング施策を実行するためには、そもそも「自社にとって最も価値のある顧客はどのような顧客か」を定義する必要があります。大企業なのか、あるいは高利益企業なのか。富裕層なのか、あるいは特定の趣味を持った顧客なのか。単純に顧客をセグメンテーション化し、ターゲットを明確にするのではなく、顧客を高価値・中価値・低価値に分類し低価値の顧客になるべく費用をかけないようにするのです。そして、最大限の努力を高価値顧客の顧客ライフサイクル・マネジメントに注ぐことが重要です。
11. クリック単価(CPC)
さて、データ・ドリブン・マーケティング15の指標もいよいよ残り5つとなりました。残り5つは「インターネット・マーケター必須の5指標」と題され、インターネットを活用したマーケティングで重視すべき指標を提示しています。
専門家からすると、
5つじゃ全然足りないよ!
なんていう声も聞こえてきそうなものです。本書は2010年にアメリカで出版されたこともあり、情報の鮮度という意味ではやや落ちてきていることは認めざるを得ません。したがって、最後の5つの指標については軽く読み飛ばすという読み方もありなのではないかと個人的には思います。
さて、そのインターネット・マーケター必須の5指標としてまず著者が掲げるのが、クリック単価です。クリック単価(CPC)とは、リスティング広告や、ディスプレイ広告のクリックあたりの費用を指します。クリック単価は、1クリックあたり100円から500円程度します。うっかりしていると数万円が水の泡‥などということもあり得ますので、きちんとクリック単価を把握するとともに、その他の指標と併用していくことが大事になります。
12. トランザクションコンバージョン率(TCR)
リスティング広告やディスプレイ広告を最適化し、最小限の費用で最大限の効果を得るためには、トランザクションコンバージョン率(TCR)をきちんと把握しておかなければなりません。トランザクションコンバージョン率は、広告をクリックしてウェブサイトに遷移したユーザーが商品を購入した割合を指します。
本質的には「5. オファー応諾率」のインターネット版と考えて問題ないでしょう。
13. 広告費用対効果(ROAS)
トランザクションコンバージョン率だけでは、かけた費用に見合った収益が得られているのかを理解することはできません。そこで、投資対効果を測定するための指標も必要です。
そこで、広告費用対効果(ROAS)が登場します。
広告費用対効果は、収益に費用を割ることで算出ができるシンプルな指標です。各広告媒体について、広告費用対効果を算出することでどの広告を優先すべきかといったアクションが自ずと明らかになることでしょう。
14. 直帰率
ウェブサイトの効果を測定する指標はトランザクションコンバージョン率の他にも、ページビュー数(PV数)やセッション数、滞在時間など様々な指標がありますが、その中でも著者が重視するのは直帰率です。
本書では直帰率を滞在5秒未満で離脱してしまうユーザーの割合と定義しています。
15. 口コミ増幅係数(WOM)
最後は、ソーシャルメディアマーケティングに関する指標です。口コミ増幅係数は、インターネットマーケティングにおいてどれだけその商品などが「シェア」されたかどうかを重視します。
マーケティングの投資対効果の測定を改善したいという方へ
自社のマーケティングの投資対効果をきちんと測定したいというマーケターにとって、本書はかなりおすすめです。とくに15の指標のうち、6から10までの財務系の指標はかなり精緻に投資対効果を計測できる指標です。何より「マーケティングの費用」が「成果としての売上」にいたるまでのタイムラグを「現在価値」を用いることで計算可能にしたという点においては、非常に示唆に富む一冊であると思います。
マーケティング施策の実行にあたり、予算を取るのがかなり厳しい、あるいは自分でも費用をかけるべきなのか判断に悩むといったマーケターは、ぜひ手にとってみてはいかがでしょうか。
コメント